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第5回_株式会社FFD Products Japan―起業家インタビュー―「仕事」とは、「志事」である。メイク一筋30年。美容への情熱が女性起業家の原動力

「仕事」という字を、私はよく「志事」と書くんです——。
そう語る福田芳子さんの声には、静かな確信がある。
美容ひと筋に30年以上。子育てをしながら専門学校へ通い、才能を見出されてインストラクターへ。
起業、法人化、コロナ禍、大切な師との別れ——。
幾重にも重なった試練をくぐり抜けてきた彼女は今、「自分にしかできないことは何か」を問い続けながら、新たなステージへと歩を進めている。
株式会社FFD Products Japan 代表取締役 福田芳子様のインタビューをお届けします。
株式会社FFD Products Japan
代表取締役 福田 芳子氏
メイクアップアーティスト兼コーディネーター。
埼玉県生まれ、13歳より福岡在住。
Be-STAFFメイクアップスクールで11年間インストラクターとして活躍後、2012年に個人事業として独立。2017年に株式会社FFD Products Japanを設立。
「美療主義(therapism)」を掲げ、美容商材の企画開発・卸販売・パーソナルメイクレクチャーを展開。インナービューティー・アンチエイジング分野にも活躍の場を広げている。
「3歳のおままごと」が、すべての始まりだった

福田さんが美容の世界に魅せられたのは、3歳の時のことだという。
「お友達のお家に遊びに行ったとき、おもちゃのお化粧セットがあったんです。
母に買ってほしいとお願いしたけど叶わなくて……。
そのセットを目当てに何度もお友達の家に遊びに行っていました(笑)。
お人形は全部お化粧してありましたね」
「夢を叶えた女性たち」をテーマにした女性誌に掲載されたこともあるほど、彼女の美容愛は本物だ。
しかし、その道はまっすぐではなかった。
母の「視野を広げるために大学へ行きなさい」というアドバイスに従い進学。
だが20歳で結婚し、大学を中途で離れ、育児の日々へ。
「遠回り」という言葉を、福田さんは笑いながら使った。
それでも、美容を諦めることだけはできなかった。
「やっぱり美容の仕事がしたい。
子供を育てながらでも、どうにかして行けるところはないか。
そう考えて出会ったのが、メイク専門のBe-STAFFメイクアップスクールでした」
第二の母に出会い、人生が動き出した
Be-STAFFでの11年間で、福田さんの軸を形成したのが、学校長・山口博美先生との出会いだ。
やらないで後悔するより、やって後悔した方がアンタらしい
出逢いは奇跡。それに早く気づくかどうかなんよ
メイクを通して、必死に生きている女性の支えになりなさい
「第二の母と呼べる存在でした。
27歳でシングルマザーになったとき、学校長が手を差し伸べてくれた。
夢を持って頑張りなさいって。
だから私は、先生がいなければ今の自分はない、と心から思っています」
2019年秋、山口先生が逝去された。
「頑張りを褒めてくれる人が、泣いて飛び込めるところがなくなった」
——そう綴った福田さんのFacebookの言葉は、多くの人の胸を打った。
しかし喪失のあと、彼女にはある変化が訪れたという。
「亡くなってから、逆に先生がそばにいてくれるような感覚が生まれたんです。
肉体があるときは物理的に離れていたから。
でも今は、手を合わせればお話できる気がして。
心の中で、ずっと励ましてくれています」
語り継がれる思想は消えない。
20年学んだ「博美イズム」は今も、福田さんの仕事と言葉に宿っている。
「ないものは、作ればいい」——メイクで食べていくために

2012年、福田さんは個人事業主として独立する。
その原動力は、教え子たちへの思いだった。
「メイクアップアーティストとして生計を立てる職業の場が、あまりにも少ない。
生徒たちに『メイクで食べていけるんだ』というロールモデルを見せたかった。
ないものは、自分で作るしかないと思っていました」
場所は福岡・百道浜。ラグジュアリーな内装のサロンには、お客様から「夢のような空間」という声が届いた。
スタッフは一度も求人を出したことがないにも関わらず、後輩や口コミで集まってきた。
しかし経営の現実は、理想どおりにはいかなかった。
「値段設定が安すぎた。資金繰りが苦しくて、私自身のお給料がほとんどなかった。
集客もマンパワーで突き進むしかなくて、交流会に出ては名刺交換して、とにかく走り続けていた」
それでも彼女は立ち止まらなかった。
資金繰りの壁を前に「もうやるしかない、逃げるところはない」と腹を決めて前進した。
その姿勢は、後に彼女が語る「経営とは仕組みである」という悟りに結実していく。
スタッフへの給与を確保するため、並行してメーカーやディーラーへの講師業を開始。
やがて自社ブランドのファンデーションをOEM製造し、卸販売へと事業を拡大。
BtoCとBtoBの両輪で走り続けた。
法人化という「決断の印」——税理士事務所の縁から、インプレス福岡へ

2017年、百道のサロン事業をスタッフへ譲渡し、メーカー・ディーラー業に軸足を移す。
その節目に行ったのが法人化だった。
きっかけはひとつの「縁の連鎖」だった。
店舗デザイン・施工会社との繋がりを経て、税理士事務所に出会い、その税理士事務所の紹介でインプレス福岡を訪れ、会社設立印の彫刻を依頼したのだ。
「印鑑が手元に届いたとき、すごく嬉しかったんです。
そして初めて『社長』と呼んでいただいた。
嬉しいのと責任の重さを感じるのと……『会社を作ってしまった』という感覚がありましたね」
法人の印鑑は、ただの道具ではない。
それは、決断の象徴だ。
インプレス福岡代表の石松は言う。
「法人設立印を彫刻する時は、その方の覚悟と節目をお預かりしている感覚があります。
お渡しした後のストーリーをぜひ聞かせてほしい
——そんな思いでこのインタビューシリーズを始めました」
税理士事務所からの一本の電話、それがこの出会いの始まりだった。
縁とは、こうして静かに、しかし確実に次の扉を開けていく。
コロナ禍が炙り出した、「強さ」と「次の自分」
2020年、新型コロナウイルスが世界を覆った。
「コロナの緊急事態宣言の3ヶ月前に、ちょうどサロンの譲渡が完了していたんです。
もしスタッフを抱えたままコロナに突入していたら、本当に大変なことになっていた」
結果として「神回避」と周囲から言われた判断だったが、当然ながらメーカー・ディーラー業も直撃を受けた。
コロナ融資を活用しながら、自宅を本社として事業を継続。
その2年間は、内側に向き合い、積み上げてきたものを問い直す時間でもあった。
2022年、コロナが落ち着きを取り戻した頃、福岡・大名のオフィスに移転。
起業10年・法人化5周年の節目に、新たな拠点を構えた。
「断捨離と破壊と再生の一年——そう思っていました。
でも、終わりは始まりでもある。
新たな気持ちでスタートできた、と感じています」
アウターからインナーへ——「美療主義」が拓く、これからの展開

現在の事業の軸は、パーソナルメイクアップレクチャーと美容商材の卸販売。
そこに今、新しい潮流が加わろうとしている。
「アウターケアは続けながら、インナービューティー、さらには幹細胞治療を活用したアンチエイジングプログラムへの展開を模索中です。
『老化は病気であり、治療できる』という考え方がある。
それに深く共鳴しています」
外側を美しく整えるだけでなく、身体の内側から変えていく——
それは「美療主義(therapism)」という彼女の哲学の自然な進化形だ。
「今まで美容一筋でやってきた。
でも視野を広げて、違う業界の人に会って、ヒントをもらって。
自分にしかできないことを今まさに探しているところです」
目の前のお客様が、私を育ててくれた。
「これまで多くの苦難を乗り越え、事業を続けてこられた一番の要因は何ですか?」という問いに、福田さんは少し間を置いてこう答えた。
「目の前のお客様を綺麗にしたい、その一心で気づいたら多くの年月が経っていたんです。
この方にはこの方法が合うかな、そのためにはこれを勉強しよう——と繰り返してきたら、いろんなものが増えていって。
お客様に育てていただいた、というのが正直なところです」
「起業して一番よかったことは?」という問いへの答えにも迷いはなかった。
「同じく経営に挑んでいる仲間と出会えたこと。
前向きな人々と出会えるようになったことが一番の財産です」
これから起業を考えるあなたへ
20歳での結婚・育児・離婚、資金繰りの壁、師の逝去、コロナ禍——。
幾つもの試練を経てきた福田さんが、これから起業を志す人へ贈る言葉は、飾り気がなくて、だからこそ重かった。
「もし昔の自分に言えるとしたら、ちゃんと経営の仕組みを学んでから進みなさい、と伝えたい。
値決め、財務、マーケティング——私は全部手探りでやった。
それが良かった部分もあるけれど、余計なロスも多かった。
仕組みを知って、自分を最大限に活かす方法を取られた方が、夢の実現は早いと思います」
そして最後に、こんな言葉も添えてくれた。
「私はよく『仕事』を『志事』と書くんです。
自分の志を持って、たまたま美容という技術に恵まれて、ありがとうと言ってもらえる。
本当にラッキーだったと思っています」
「志事」という字。それは、単なる言葉遊びではない。
美容を通じて誰かの笑顔を作り、誰かの人生を少し変える——
そのことに30年以上かけて向き合い続けてきた人間の静かな誇りだ。
編集後記:あとがき
今回の出会いも、人と人との縁がつないでくれたものでした。
税理士事務所からのご紹介を受けてインプレス福岡にご来店いただき、法人設立印をお作りした——それが始まりです。
あれからおよそ10年が経ち、改めてこれまでのお話を伺い、福田さんが歩んでこられた道の奥深さを知りました。
法人の印鑑は、一度押されたら消えません。
それは創業者の覚悟と同じで、時を経るほどに意味を増していく。
福田さんが「社長と呼んでもらったとき、嬉しいのと責任の重さを感じた」とおっしゃっていたことが胸に残っています。
縁は人を動かし、ビジネスを動かし、人生を動かす。
インプレス福岡は、起業家の皆さまの節目にこれからも静かに寄り添い続けます。

美容商材企画プロデュース卸販売、美容コンテンツスクール
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