第10回_野田公認会計士事務所―挑戦し続ける起業家たち―あの日、引き出してもらった言葉が、今も指針になっている。 薬学部を3ヶ月で去った女性が、「寄り添う会計士」になるまで。

目次

「あの日、引き出してもらった言葉が、今も自分の指針になっているんです」

インタビューの終盤、野田芳さんは、8年前にインプレス福岡で作った経営理念のことを、そう語ってくれた。
独立の日に「寄り添う」という言葉を一緒に紡いだあの時間が、今も事務所の核として生き続けている、と。

薬剤師を目指して薬学部に進みながら、わずか3ヶ月で退学。
回り道の末に公認会計士という道を選び、大組織を出て独立した。

そして今、経営者として「もう一段、深く関わりたい」と、自らと向き合っている。
野田公認会計士事務所所長・野田芳さんのインタビューをお届けする。

プロフィール

野田公認会計士事務所
所長・公認会計士 野田 芳

福岡県大牟田市出身。薬剤師を志して薬学部へ進むも3ヶ月で退学。
その後、慶應義塾大学商学部に進み、27歳で公認会計士試験に合格。
有限責任監査法人トーマツで約10年間、上場会社の会計監査に従事。
税理士法人を経て、2018年に独立開業。
「経営者に寄り添う相談役」を掲げ、現在は九州大学ビジネススクール(QBS)にも在学。
複数企業の社外取締役も務める。

薬剤師か、会計士か——18歳の分かれ道

福岡県大牟田市で育った野田さんは、進路を決める段階で一つの選択を迫られていた。
薬剤師になるか、公認会計士になるか。

理系科目が得意で、化学が好きだった。
「漢方に詳しい薬剤師ってかっこいいな」という憧れもあった。
一方で、心のどこかには「会計士」という言葉がずっと引っかかっていた。

「小学生の頃から、なぜか『会計士』という言葉を知っていたんです。稼げる資格、というイメージで。母から『女性は何があるか分からないから、手に職をつけた方がいい』とずっと言われていたのも頭にありました」

商学部にも薬学部にも合格していた。
迷った末に、野田さんは「会計士になるより、薬剤師の方が確実そうだ」と考え、薬学部を選んだ。
理系で勉強を続けてきた延長線上にある、堅実な判断だった。

3ヶ月で辞めて帰った——そして勉強が、楽しくなっていた

ところが、進学した先は想像と違っていた。
「神戸」と名のつく大学だったため都会を想像していたが、実際はのどかな田舎町。
「ここには住めない」と感じた野田さんは、わずか3ヶ月で大学を辞め、実家に帰った。
親には、こっぴどく怒られた。

だが、辞めた理由は環境だけではなかった。
受験勉強を終える頃、自分の中に小さな変化が芽生えていたのだ。

「受験勉強と向き合う時間が、意外と楽しくなっていたんです。もう少し、がっつり何かと向き合う時間を過ごしてもいいかな、と。それで、勝手に辞めて帰りました」

高校卒業後に少しの寄り道を経て、熊本の予備校に通っていた。
そこで出会った地理の講師が、会計士を目指している人だった。

その姿が、ずっと心にあった「会計士」という言葉を呼び覚ました。
今度は迷わなかった。商学部だけを受験し、大学入学と同時に大原簿記学校へ通い始める。
会計士になる——その一点を見据えての再スタートだった。

27歳での合格、そしてトーマツの10年

公認会計士試験は、最初の受験までに2年を要する難関だ。
野田さんは結局4回の挑戦を経て、27歳で合格を掴んだ。

朝8時から夜9時まで、大原簿記学校にこもる日々。
アルバイトもできないため、試験後の数ヶ月だけ短期で働き、1年分の小遣いを貯めた。
足りない分は親に頼った。長い、孤独な戦いだった。

合格後は、有限責任監査法人トーマツへ。
福岡を拠点に約10年間、上場会社の会計監査に携わった。
この10年で得たものを尋ねると、まず「人」という答えが返ってきた。
そしてもう一つ、忘れられない記憶があるという。

「あれだけ苦労して勉強したのに、割とすぐ結婚して、子供もできて。仕事と家庭をいかに両立して回していくか、そればかり考えていた時期でした。あれが一番苦労した記憶ですね」

「壁の向こう側」から、もっと近くへ——独立への決意

監査法人に定年までいるよりも、自分で何か新しいことがしたい。
野田さんは、自分の将来を冷静に見つめていた。

「50歳になったとき、自分より若い誰かに使われる立場になる。私はよくても、周りは使いづらいだろうし、老眼にもなってくる。仕事のスピードもスキルも落ちていく気がする。定年まではここには居られないな、と」

体力も気力もあるうちに動こう。
そう決めた野田さんは、独立を見据えて「まずは税務ができた方がいい」と、税務を学ぶため税理士法人へ移った。
だが、そこは長く続かなかった。
監査法人の自由な働き方に慣れた身には、かっちりとした税理士事務所の文化が合わなかったのだ。

そんな矢先、一通のDMが届く。
インプレス福岡が、税理士法人宛に送っていた法人設立印の案内だった。
独立を考えていた野田さんの手元にそれは絶妙なタイミングで届いた。

野田さんが独立で実現したかったこと。それは、もっとクライアントの近くに行くことだった。

「監査は、会社が作った財務諸表に意見を述べる第三者の立場。ずっと“壁の向こう側”から会社と関わってきました。もう少し近い立場で、クライアントと関われるポジションが取れたらいいなと」

「わぁ、格好いい!」——印鑑が、独立を“かたち”にした

2018年6月28日、午前11時頃に野田さんは、DMを握りしめてインプレス福岡のオフィス店舗を訪れた。

本柘植の天丸印と角印をご注文。
後日お受け取りに来られ、仕上がった「野田公認会計士事務所」と彫られた印影を目にした瞬間、野田さんは思わず声をあげた。

「わぁ、格好いい!」——その一言を、インプレスの石松は今も覚えている。

印鑑づくりは、そのまま事務所の経営理念の構築、ロゴマーク、名刺デザインへと広がっていった。
あの日、二人で言葉を交わしながら紡いだ「寄り添う」という理念
それは今も、事務所のウェブサイトに掲げられている。

「名刺の裏の言葉は、お客さんに見てもらうというより、自分の指針として確認する意味があるんです。あそこで時間を取って、一つの“かたち”にしていただいたものが、今も自分の軸になっている。本当にありがたかったです」

「気持ちのいい仕事がしたい」——数字を超えて届けたい価値

独立して8年。資金面での大きな苦労はなかったという。
むしろ野田さんが今、最も向き合っているのは、もっと根源的な問いだ。

「数字の専門家でありながら、数字を超えて提供したい価値とは何か」
その答えを、野田さんはこう表現する。

「気持ちのいい仕事がしたいんです。丁寧な仕事って、書類を見ると分かるんですよ。受け取った時、すごく気持ちがいい。そういう思いを、お客さんにも持ってもらえる仕事がしたい」

スピード、正確さ、そして社長の話をしっかり受け止めること。
その積み上げが信頼を生み、「寄り添う」という言葉の中身になる。

「一つひとつを、もれなくきちっとやる。当たり前のことなんですけど、これを続けることは私にとってはすごい挑戦なんです」と野田さんは言う。

顧客からは、親子喧嘩の相談の電話までかかってくる。
「そこまで面倒見きれん、と思うこともありますが(笑)、それだけ信頼してくれている証。これも顧問料のうちだと思って聞いています」
——その言葉に、野田さんの仕事への向き合い方がにじむ。

ビジネススクールという、もう一度の学び直し

公認会計士という難関資格を持ちながら、野田さんは今、九州大学ビジネススクール(QBS)に通っている。
すでに実績を積んだ会計士が、なぜ再び学ぶのか。

「実務は成果物と締切に追われて、どうしてもこなしてしまう。今までやってきたことをもう一度、体系的に整理し直したくて。あとは……子供が高校2年生で、あまりに勉強しないので。自分が勉強する姿を見せたら、勉強するかなと(笑)」

親子で共に学びに向き合えば、いい循環が生まれるかもしれない——そんな思いも、学び直しの動機の一つだ。
社外取締役として取締役会で発言する際にも、理論を学び直したことが自信になっているという。

そして、このビジネススクールでの学びが、創業時の原点を呼び覚ました。
授業の中で自社の経営を見返すたび、あの日インプレスで作った理念に立ち返る。
「最初に作ったものは、間違っていなかった」と、改めて実感したのだ。

腹を、くくる——現在進行形の挑戦

「このままではいけない。」
野田さんは今、はっきりとそう感じている。

現状維持は、緩やかな衰退でしかない。
事務所を大きくし、もっと多くのクライアントに、もっと丁寧に寄り添うために——必要なのは、人を増やすことと自分が仕事に対する覚悟を持つことだ。

「事務所を大きくしようと考えるとスタッフを増やさないといけないし、悩みも増えると思う。それをどう乗り越えていくためには覚悟が必要だと思いますが、ずっと、ウジウジしています。(笑) 自分がどう受け止めて、腹をくくってやっていくか。それが今の一番の課題です。」 

正直に「迷っている」と語れることこそ、野田さんの誠実さだ。
ビジネススクールで原点を見つめ直した今、その一歩は、もう目の前にある。

最後に、独立を迷う有資格者へのメッセージを尋ねると、会計士ならではの視点が返ってきた。

「資格があると、最後は自分が動かないといけないから、規模に上限がある。0を1にする、スケールできる事業を起こす方がきっと面白い。」

自らの足元を冷静に見つめながら、それでも野田さんは、目の前のクライアントに寄り添う道を選び続けている。

「お客さんに教わったこともたくさんあるし、思い入れもあります。だから、それぞれのお客さんとしっかり向き合っていきたいし、事務所の価値を提供していく対象を増やしていきたい。そう腹を決めてやるべきなんだろうな、と」
——その横顔は、もう次の一歩を踏み出しかけていた。

あとがき

野田さんとの縁は、一通のDMから始まった。
2018年6月28日、独立を控えた野田さんが、インプレスからのDMを握りしめて赤坂のオフィス店舗に来てくださった。

本柘植の印影を見て「わぁ、格好いい!」と声をあげられた、あの日のことを私たちは今も覚えている。
印鑑だけでなく、経営理念も、ロゴも、名刺も、一緒に作らせていただいた。

あれから8年。
「あの日、引き出してもらった言葉が、今も指針になっている」という野田さんの言葉は、作り手として、これ以上ない喜びだった。

印鑑も、理念も、その人の中にもともとあったものを引き出して、ただ“かたち”にするお手伝いをしたに過ぎない。
けれど、そのかたちが、忙しい日々の中で立ち返る軸になる。
野田さんが今、ビジネススクールで原点を見つめ直し、次の一歩を踏み出そうとしているように。

「寄り添う」と決めた人に、私たちもまた寄り添っていきたい。
インプレス福岡は、挑戦し続ける起業家の皆さまの節目にこれからも静かに在り続けます。

福岡を中心に「経営者に寄り添う相談役」として、企業の永続のお手伝いをいたします。
野田公認会計士事務所

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