第9回_司法書士法人そうぞう ―挑戦し続ける起業家たち―「士業がいらない世界」を、士業として創る。 ギターを置いた青年が、AIで司法書士の常識を塗り替えるまで。

「最終的には、士業がいらない世界をつくりたいんです」

司法書士が、そう言った。
自分の仕事を否定するような言葉に聞こえて、思わず問い返した。
「それじゃ、困るんじゃないですか」と。

池田龍太氏は、迷いなく頷いた。
「困ります。仕事はなくなるでしょうね。でも、そっちのほうが世の中のためにはいいかなと」

ギターに青春を捧げ、夢に挫折し、法律の世界へ転身した男。
その彼が今、AIを武器に「士業の存在意義」そのものを問い直している。

司法書士法人そうぞう代表社員・池田龍太氏のインタビューをお届けする。

プロフィール

司法書士法人そうぞう
代表社員・司法書士 池田 龍太氏

福岡県出身。13歳からギターを始め、プロのスタジオミュージシャンを志す。
高校卒業後は大学へ進まず音楽の道へ。バンド活動を経て、2012年に司法書士試験合格。
2015年、ロウル司法書士事務所として独立。
2021年6月、共同で司法書士法人そうぞうを設立。
商業登記・企業法務・補助金支援を軸に、YouTube・AIを駆使した新しい士業のあり方を発信し続けている。

目次

13歳のギター、そして「3000万円の壁」

池田氏が音楽に出会ったのは13歳。
ギターに夢中になり、目指したのは「スタジオミュージシャン」——バンドに所属するのではなく、録音現場でギターを弾く、一匹狼のプロの演奏家だった。

高校卒業後、日本の大学には進まなかった。
視線の先にあったのは、米国の名門・バークリー音楽大学。
当時は入学試験すらなく、手を挙げれば行ける状態だった。
しかし池田氏が挑んだのは、奨学金の試験だった。

「奨学金が取れるくらいじゃないと、行っても得るものがないんじゃないかと思って。2年くらい受け続けました。周りの人たちのうまさを見て……挫折したっていう感じですかね」

立ちはだかったのは、才能の壁だけではなかった。留学費用は総額3000万円。家庭にその余裕はなかった。父はギャンブル依存症で、借入も多かった。

「今の中立的な立場で当時を振り返れば、やっぱりお金の話は大きかったですよね」と、池田氏は静かに振り返る。

夢を諦める理由は、いつだって一つではない。
才能と、お金と、現実。18歳の青年は、それらすべてを正面から受け止めた。

4年間のバンド活動、そして「騙される」という経験

バークリーを諦めた後も、音楽はやめなかった。
19歳から23歳まで、バンド活動に打ち込んだ。CDを出し、グッズも売った。
しかし現実は甘くない。

「ライブハウスに出ると、チケットノルマがあるんです。売れなくても払わないといけない。バイトで貯めたお金を全部そのノルマに払ってた。収益は完全にマイナスでした」

当時のバンド仲間とは、今も付き合いが続く。
ドラムを叩いていた一つ下の男は、プロになり、ソニーで活動している。東京に行けば、今でも会う。

音楽の世界で池田氏は、何度も「いいように利用される」経験をした。
知識がないこと——それが理由だと痛感した。

「騙されないようにしないといけない」。その思いが、法律への扉を開いた。

「努力すれば受かる」——司法書士という選択

法律に興味を持った池田氏は、弁護士も考えた。
しかしちょうど新司法試験制度が始まる時期で、大学を出ていない自分が受験資格を得るには、通常の4年制大学と法科大学院も含めて通算で最低でも7年という年月がかかる。
受験資格を得るころには30歳になっている。「これって現実的じゃないな」と判断した。

一方、司法書士試験には受験資格がなかった。
超難関ではあるが、努力すれば受かる。
高校時代の友人が勉強していたこともあり、必要な努力量も見えていた。

「司法書士試験、2回目で合格ラインには届いたんですけど、数点足りなくて落ちて。3回目もダメで、4回目で受かった。あれは運もあるんですよ。数点で逃すと、負け癖がついて10回でも受からない人もいる。自分は運が良かったと思います」

2012年、4回目の挑戦で合格。
大学に行かなかった男が、超難関の国家資格を努力だけで掴み取った瞬間だった。

「2件仕事が取れれば、前と同じ」——独立に決意などいらなかった

2012年の合格後の3年間は士業事務所に勤めたが、士業業界にも厳しい働き方の事務所があり、当時の勤務環境に限界を感じた。

2015年、ロウル司法書士事務所として独立。
だが本人に、悲壮な「決意」はなかった。

「決意って、失うものがあるからするものじゃないですか。自分にはなかった。決済を2件取れれば前と同じ生活ができる。こんなストレスを溜めてやるくらいなら、独立したほうが全然ラクやんって。それだけでした」

最初の家賃は3万円ほど。リスクは限りなく小さかった。
売上もすぐに立った。経営面での苦労は、ほとんどなかったという。

ただ一つ、こたえたものがあった。「孤独」だ。

ひとりの司法書士という「孤独」

これまで勤めた事務所には、必ず誰かがいた。
土地家屋調査士、中小企業診断士、税理士——職種は違えど、相談できる相手がいた。
しかし独立後、池田氏は初めて「司法書士ひとり」になった。

「難しい案件や複雑な案件で、依頼者から責められることもある。時間がかかると、なおさら。そういうとき、ひとりは心細かったですね。司法書士が事務所を辞める一番の理由は、これじゃないかな」

池田氏は、司法書士という職業の知られざる構造についても率直に語った。
「不動産登記の決済業務は、ほぼ下請けなんです。」と案件を紹介してもらう立場上、どうしても弱い立場になりやすいという。

情報の上流にいなければ、立場は弱い。きらびやかに見える士業のその裏側にある現実だった。

「司法書士法人そうぞう」誕生——役割分担という発想

転機は2021年。
池田氏は商業登記・会社法務を得意とし、不動産登記はほとんど手がけていなかった。
ひとりではキャパシティに限界があり、思い切った投資もできない。

そこへ、かつて勤めた事務所の上司・浦氏との縁が再びつながった。
浦氏は不動産登記が得意。商業登記の池田氏と不動産登記の浦氏。
役割を分担すれば、強くなれる。

2021年6月、二人は司法書士法人そうぞうを設立した。
事務所のロゴは象。
「大きな耳で人の話をよく聞き、長い鼻で確実に掴む」——その姿に、二人の仕事への姿勢が重なる。

現在、スタッフは8名、まもなく10名になる。
年商はおよそ1億円。経営は安定している。
しかし池田氏は、ここで満足する男ではなかった。

「今の仕組みは、おかしい」——AIで挑む構造改革

池田氏が問題視するのは、日本の登記制度そのものの非効率さだ。

「官報に掲載する方法、とテキストで一字一句打つ。間違えると補正が来る。プルダウンで選択式にすればいいだけなのに、いまだに手打ちなんです。仕組み的にはとっくにできるのに、やっていない。その結果、難しくて、多くの人が10万円払って司法書士に頼まざるを得ない。それがおかしいと思ってるんです」

だから池田氏は、自らの手で「選択肢」をつくった。
オンラインで完結する会社設立システム。

マネーフォワード限定・デジタル完結で月1万円の記帳代行。
福岡市の特定創業支援セミナーを全国的にも珍しい「無料オンデマンド」で提供——これらすべてをAI(Claudeなど)を駆使して、この1年で自ら構築した。

LINE公式アカウントに見込客を集約し、属性に応じて自動でシナリオ配信する仕組みまで、すべて自前だ。「相当やりましたよ、この1年で」と笑う。

「高卒司法書士」というブランド、そして発信の真意

YouTubeチャンネル名は「高卒司法書士イケダくん」。
なぜ「高卒」を掲げるのか。

「自分の強みを並べたとき、高卒が一番わかりやすかった。司法書士で高卒はあんまりいない。九大卒です、だと普通で面白くない。少数派だから目立てるなと」

毎週更新を1年以上続ける司法書士YouTuberは、全国でも10人といないだろう、と池田氏は言う。
企画も撮影も質問も編集以外はすべて自分。

発信の目的は明確だ。
「個人の池田ではなく、事務所そうぞうに仕事の依頼が来てほしい。受けた人が最初から最後まで担当できる仕組みをつくらないと拡大はない」。

属人的な紹介ビジネスから組織として回る仕組みへ——その転換のための発信だった。
そして根っこにあるのは、もっと深い問いだ。

「今の仕事を20年、30年続けて、誰か人のためになるのか。今の仕組みがおかしいと思ってるのに、このままじゃ変わらない。だったら変えないといけない。単純に——このままじゃ、楽しくないなと思ってるんです」

起業を考えるあなたへ——「取捨選択が、経営の出発点」

最後に、これから起業する人へのメッセージを尋ねた。
池田氏の答えは、司法書士という立場を超えて、経営の本質を突いていた。

「会社設立の申請書づくりなんて、自分でやってもその経験が将来ノウハウになるわけじゃない。そんなことに時間を使うより、その時間を自分の仕事に使い稼いだほうがいい。専門家に任せるところと、任せないところ。その取捨選択が明確にできるようになることが、経営の出発点だと思うんです」

自分の時給を5000円と仮定する。
設立登記を自分でやる時間で、それ以上の売上を上げられるなら、迷わずプロに頼むべきだ——という、極めて合理的な思考。

「全部もったいない、ではなく、経営者としてどう行動するか。その判断こそが大事」と池田氏は言う。

ギターを置き、夢を諦め、法律の世界で「努力すれば受かる」道を選んだあの日から、池田氏の判断基準は一貫している。

感情ではなく、構造を見る。
そして、おかしいと思ったら、自分の手で変える。

あとがき

池田さんとインプレス福岡の縁は、ロウル司法書士事務所時代にさかのぼる。
ネットで見つけて、組み合わせ式のゴム印の注文でインプレスのオフィス店舗にお越しくださったのが最初だった。

それから10年。
これまでに法人設立印のご注文を数多くご依頼いただいてきた。
インプレスからも数人の起業家の法人登記をお願いした経緯もあるなど、インプレス福岡にとって、もっとも深いご縁のお一人だ。

「印鑑を大事にしたいという人は、インプレスに紹介します」と池田さんは言ってくださる。
印鑑作りは機械で彫るが、彫刻文字は一文字一文字を作り上げ、最初と最後は手作用で取り組んでいる。

通販サイトの印鑑との仕上がりの違いを多くの印鑑を扱う池田さんは見抜いている。
「インプレスさんの印鑑は、押した時に全然違うんですよ」と。

「士業がいらない世界をつくりたい」と語る池田さんと「印鑑がなくなると言われる時代」を生きるインプレス福岡。
一見、両極にいるようでいて、実は同じことを信じている。
本当に価値あるものは、効率化の波が来ても残る——という確信だ。

AIで仕組みを変える人。手で印鑑を作り上げる人。
どちらも、惰性を拒み、本質だけを残そうとしている。
インプレス福岡は、挑戦し続ける起業家の皆さまの節目に、これからも静かに寄り添い続けます。

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