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第6回_societe NICO株式会社 ―挑戦し続ける起業家たち―コツコツ、コツコツ。ひと粒に宿る哲学と、20年続けることの意味。

societe NICO株式会社
代表取締役 矢ケ部 直樹氏
福岡県小郡市出身。
製菓専門学校を経て洋菓子の道へ進み、1995年よりフランス西部で約2年間修業。
帰国後、福岡市内の菓子店勤務を経て2005年に洋菓子店「NICO」を開業。
2015年にチョコレート専門店(ショコラトリー)へ業態転換。
2021年、societe NICO株式会社として法人化。
小郡という「片田舎」から、ボンボンショコラの世界を発信し続けている。
福岡天神から西鉄の急行電車に乗れば、わずか30分ほどで小郡駅に着く。
さらに徒歩10分弱。
近くには田園も広がる風景の中に、その店「NICO」は静かに佇んでいた。

オシャレな暖簾をくぐった瞬間、思わず足が止まった。
ガラスケースの中でひとつひとつ整然と並ぶ小さな粒。ボンボンショコラだ。
艶のある表面、精緻なデコール、それぞれに異なる色と表情。
一粒が、まるで小さな宝石のように見えた。
そして、ガラスケースのすぐ向こう側に照明を落とした落ち着いた空間には、10数名が一堂に会せる大きなテーブル。
そのテーブルの上には、これまた大きな花瓶に見事にアートされた樹々がその空間を一層シックにしている。

「都心にこのまま持ってきてもまったく見劣りしない」
——そう感じながらテーブルの片隅に腰を下ろし、societe NICO株式会社代表取締役・矢ケ部直樹氏のインタビューが始まった。
和菓子への違和感が、洋菓子の世界へ導いた
矢ケ部氏は小郡市の出身だ。父親は和菓子屋を営んでいた。
長男が後を継いだ今も、店は続いているという。
「なんとなくそうなった感じです」と、氏は笑う。
製菓の専門学校へ進み、当初は和菓子職人を目指そうとした。
しかし、やってみると違和感を拭えなかったという。
「和菓子って、シンプルすぎて、若い頃は正直つまんなくて。
お米の粉とか団子の粉を合わせて、うさぎとか鳥の形にして、赤い点をちょっとつけて……。
それより洋菓子の方がキラキラしてかっこよかったんですよ」
自分の感性が求めるものへ、素直に向いていく。
その真っすぐさが、矢ケ部氏のその後の歩みを決定づけた。
洋菓子への転向を選び、1995年 フランス西部へと単身渡った。
「NICO」という名前が生まれた日
フランスでの修業先では、日本人スタッフに全員ニックネームがついていた。
矢ケ部という名前は、フランス人には発音しにくかったのだろう。
あるとき、パトロン(雇い主)が言った——「NICO(ニコ)」。
「ニコルとかニコラとか、そのあたりから来てると思います。
適当です、適当(笑)。同じ職場にいた日本人はエドワードって呼ばれてましたから。
もし彼がいなかったら、私もエドワードだったかもしれない」
笑い飛ばすように語る矢ケ部氏だが、この名前は今も店名であり、法人名でもある。
パトロンはすでに他界された。
「会いに行きたいと思っているうちに、亡くなってしまった」
——と、氏はわずかに間を置いてそう言った。
名付け親はもういない。
しかし「NICO」という4文字は、30年の時を経ても、小郡の片田舎で生き続けている。
名前の中に人の縁は宿る。
10年間の消耗戦と、「切り替え」の決断
帰国後、福岡市内の菓子店での勤務を経て、2005年に「NICO」を開業した。
最初はケーキ・焼き菓子・クッキーと、多品種の洋菓子店としてスタートした。
だが、10年間の運営は想像以上に過酷だった。
20種類以上のケーキを毎日仕込み、マドレーヌ、フィナンシェ、クッキー
——廃棄ロスと闘いながら、スタッフを守りながら、走り続けた。
「見合った報酬が得られないんです。種類が多すぎた。
昔は夕方に商品がなかったら、お客様に怒られた時代でしたから。
でも、あれだけの種類を作って、あれだけのスタッフを回して……
よく他の菓子屋さんがやっていけるなと、正直思ってました」
2010年代に入るとさらに苦しくなった。
消耗戦になっていたと、矢ケ部氏は表現する。
「惰性でやってた感じで、それが何となくお客様に通じるんですよね」
——その言葉に、10年間の重さがある。
転機は2015年。チョコレート一本に絞る決断をした。
周囲からは反対された。
「バレンタインしか売れないのに、年中やって食べていけるわけがない」と。
「みんなに反対されましたよ。
でも、ロスがほぼない。切れ端も出ない。溶けたら再び使える。一粒が小さいからストックも場所を取らない。エネルギーコストもケーキとは比べものにならない。
トータルで見て、チョコレートが一番適切だった」
好きだから選んだのか?——と問うと、
「好きだけではやっていけない」と即答した。
好きであること、そして合理的であること。その両方が揃って初めて、決断になる。
3年の暗闇と、数字で切り拓いた光

チョコレート専門店への転換後も、すぐに結果は出なかった。
1年目、2年目はもうダメだと思ったという。
軌道に乗り始めたのは、2017年から2018年頃のことだ。
その間、矢ケ部氏を支えたのは感覚ではなく、数字だった。
「僕は感覚的な天才ではないんです。器用じゃない。
だから、温度を全部測って、グラムをきっちり計って、出来上がったものを測定器で読み取る。
統計も全部数字で管理する。それを徹底することで、毎日同じクオリティを出せる」
「理系の大学に行っておけばよかった」と今も思うと言う氏は、息子には「無理やりでも理系に進ませた」と笑った。
食べ物は化学と物理と数学でできている。
——それが、20年かけて辿り着いた職人の哲学だ。
2019年頃から流れが変わり、コロナ禍も経て事業は安定へ。
そして2021年、societe NICO株式会社として法人化を果たした。
法人の印鑑と、「面倒くさい」から「かっこいい」へ
法人化のタイミングで、矢ケ部氏は小郡の司法書士事務所のご紹介でインプレス福岡に法人設立印セットをFAXで注文された。当時のやり取りは電話のみ。
実際にお会いしたのは、今回のインタビューが初めてだった。
「印鑑を受け取った時のことは、あんまり覚えてないです」と矢ケ部氏は正直に言う。
それどころか当時は、むしろ不便さを感じていたと明かした。
「その頃は、正直、印鑑なくなればいいのになと思ってたんです。
契約のたびに何回も印鑑を押して、うまく映らなかったらまた押し直して、銀行の人に怒られたりして(笑)。すごく不便だなと」
しかし今は違う。
「朱色の印影って逆に、飾り的な感じで、あった方がかっこいいなと思います。
手紙の後にちょっと押したりとか、箱の隅に朱があればおしゃれになるとか。
そういう使い方はすごくいいなと」
印鑑に対する見方が変わった。
書類に押す義務から、自分の仕事に添えるしるしへ——。
FAXから始まった縁が、5年の時を経てこうして対面のインタビューへと結実したように、物事の意味は後になってじわりと深まっていく。
「片田舎だから」ではなく、「片田舎だからこそ」

デパートへの出店の話は、実はいくつも来ているが、すべて断っている。
「モノを知っている人に売ってほしい。パートさんや学生バイトに任せられない。
NICOのショコラは、説明を聞きながら味わうことで初めて奥行きが伝わる。
だから、ここかECでしか売らない」
定期的に開催する「お茶会」、試食会イベントでは、1粒のショコラを半分に割り、使っている素材、産地、香りの組み合わせを矢ケ部氏自身が丁寧に解説しながら提供する。
「解説を聞いてから食べると、自分だけでは感じられなかった奥行きに気がつく」
——そう感想を寄せるリピーターは多い。
「こんだけ田舎にあるので」と言いながらも、氏の発信は都市圏を含む全国に届いている。
ホームページ、インスタグラム、オンラインショップ。
丁寧に磨かれたビジュアルと言葉が、店の哲学を静かに語り続けている。
小郡という場所は、あえて選んだわけではなかった。父が遺した土地がここにあったから。
しかし今、その「たまたま」は確かな必然になっている。
「コツコツ」——それだけが、道を開ける
これから起業する人へのメッセージを尋ねると、矢ケ部氏はしばらく考えてから、こう答えた。
「コツコツやるしかないですよ。
始めるのは簡単。継続することが難しい。
昨日より良くするために、テクニックも技術も知識も積み上げていく。
それしかないと思います」
飾りのない言葉だ。
だが20年間、その言葉を実践してきた人間の口から出るとき、それは理論ではなく実感になる。
和菓子の違和感から洋菓子へ。
フランスへの渡航、帰国、開業。
10年の消耗戦、業態転換、3年の暗闇、そして法人化——矢ケ部直樹氏の歩みは、華やかではない。
しかし、その一歩一歩に迷いがない。
「いいものを作りたい、それができた時にお客さんが喜んでくれる。
試食会で発表できた時が一番嬉しい」
——そう話す顔には、ものをつくる人間の静かな充足があった。

あとがき
今回のご縁は、小郡の司法書士事務所のご紹介から始まりました。
FAXで届いた注文用紙、そして電話でのやり取り——
当時、インプレス福岡と矢ケ部氏は一度も顔を合わせていませんでした。
法人設立印をお届けしてから5年。
この日、大きなテーブルの片隅で初めて向き合うことができました。
「印鑑なくなればいいのにと思ってた」と笑いながら話してくださった矢ケ部氏が、今は「飾り的に、あった方がかっこいい」とおっしゃる。
物事の意味は、使い続けることで変わっていく。
それはショコラの進化と、きっと似ている。
NICO命名の地・フランスのパトロンはもう他界された。
しかし「NICO」という名は今も小郡で息づいている。
縁とは、こうして時を超えて意味を深めていくものだと思います。
インプレス福岡は、起業家の皆さまの節目に、これからも静かに寄り添い続けます。
福岡県小郡市のチョコレート専門店
NICO chocolaterie(ニコ・ショコラトリー)
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