TOP > 我が社の起業と苦労話し

第1回 グランドウエア㈱ 金丸 博様  /  第2回  ㈱ジャパンシーフーズ 井上 幸一様
第3回  (有)リード・クリエーション 福泉 礼二様  /  第4回  ㈱アビリティ・キュー 貞池 龍彦様
第5回  クサカベ印刷 日下部 俊明様  /  第6回  ㈱ビッグロードBIG ROAD 金川 俊一様
第7回  有限会社近藤スタジオ 近藤 宏一郎様  /  第8回  (有)羽山プロジェクトオフィス 羽山 直臣様
第9回  設備設計 有限会社シード設計社 鶴 澄様  /  第10回  シーエススチール株式会社 松原 照明様
第11回  有限会社建装舎 小澤 喜芳様  /  第12回  有限会社ショップハチ・ナナ・ハチ 田中 正春様
第13回  岡部不動産株式会社 岡部 利行様  /  第14回  おかはち事務所 岡部 八郎様
第15回  株式会社ティーアイプロジェクト 石川 哲也様


-生涯現役 物づくりに携わっていたい-有限会社建装舎 小澤喜芳様


商業建築(店舗)内の内装工事と店舗用家具の製作をされている有限会社建装舎の小澤様にお話を伺いました。ご自身の祖父、父親と3世代が大工さんということで小澤社長ご自身もとても物づくりがお好きということです。
あの有名な超豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」の内装家具もお作りになられたそうです。




もともと千葉県出身で祖父も父も大工をしていました 父は三菱重工で働いており徴兵制度で一旦現場を離れた後、戻ってきて祖父の手伝いをしていました。祖父の兄弟もみな、大工をしていました。自分も機械やプラモデルなどが好きで手先が器用だったこともあり、高校では機械科を専攻しました。

初めて就職した企業がキャノンでした。キャノンは自社でカメラも製作していたため、その中で自分はカメラを作る機械を製作していました。
そんな中、あるきっかけで会社の仲間で集まって別の事業を始めました。仲間の中にプロ級の写真を撮影できる人がいて、その写真を自社で印刷して、額やパネル作品などにし、喫茶店などの店舗に販売やリースするという内容でした。

最初はキャノンで働きながらサイドビジネス的にそれをしていましたが、段々とその仕事が軌道に乗り始め、そちらに力を本格的に進めるためにキャノンを入社して3年ほどで退職しました。自分は写真を撮る方ではなく、作品を入れる額縁などの製作や店舗内にどういう風に飾るのかという内装の方をしていました。現在の内装業を始めた原点はここあり、まだ20代の頃の話しです。

キャノンを退職した後に別の内装工事を請け負う会社で働きました。その会社は歯科医院で使う機械を販売しているメーカーから多くの仕事を受注しており、そのメーカーが福岡市に支店を出す事になりました。私が勤めていた会社もそれに便乗して一緒に福岡市に事業所を出店する事になりました。私も妻と子供の一家で福岡市へ転勤する事になりました。

福岡市に転勤して来て3年が過ぎた頃、福岡支店の業績が思い通りに上がらず、東京へ撤退する話しが出てきました。業績が伸び悩んだのは、東京と福岡では仕事の受注の方法が違うことが理由でした。東京は交通のアクセスもいい上に市場規模が福岡市とは比べものにはならず、近隣に移動すれば一緒にいくつもの仕事を受注することが出来ます。その点、福岡市は地形的に山を越えて移動することが多かったため、東京と同じように仕事を受注することが難しかったのです。

福岡市から撤退する話しが出たとき、私は家族全員で転勤して来たため、再び東京へ戻る事が難しく、また別の仕事を探そうと思っていました。しかし、幸いにもあるスポンサーが現れて、そのスポンサーが別会社を設立して私はそこで働く事になったのです。

ここの会社でも、1年が過ぎた頃に問題が起こります。当時の社長が会社の売上金を持って蒸発したのです。その後、半年ほど左官の仕事をして、その後内装関係の会社を1~2社経験しました。最後に入ったのが厨房設備を取扱っている会社で新しく店舗デザインの事業を立ち上げるという事でその会社に入社しました。しかしながら、2~3人で始めた新事業は売上が上がらずに倒産してしまいました。

どうしようかと考えていた時、倒産した会社で使っていた机など使わないものを譲ってもらえる事になり、ちょうどこの時期に二級建築士の資格を取得して独立起業の道を選択しました。





起業する直前に働いていた会社が業界の中でも名前の通った会社であったため、そこの名前を引き継ぐ形で独立しました。最初は自分ともう1人の2人で始めました。店舗施行を中心に代理店や大手の内装業をしている事務所などから仕事をもらってくる事がほとんどでした。「建装舎」という今の名前へ変更したのが平成4年の事です。このころになると、職人さんなど一緒に仕事をする仲間が増えて4~5人体制でしたね。きちんと作業ができる工場がほしいということになり、現在の場所へ移転しました。個人で10年ほど事業をした後、有限会社へ改組、この地へ移転して来て今年で23年目になりました。

苦労したこととしては会社を始めて1~2年目くらいのときですね。建装舎に変更する前の話しです。初めて売上金を回収できないという事態が起きました。700万円くらい回収不能で支払いが出来ず大変な思いをさせられました。お金が無いために自分の妻の兄から借りて支払いに充てました。

またその後、5~6年目くらいの頃にも回収できない事態がありました。その頃は会社全体の仕事量も以前よりかなり増えていたため、回収できない金額もとても高額で会社としてとても苦しい時期でした。様々な支払いが出来ないわけです。このときは廃業ということも考えました。「あの時、ああしていれば・・・」という悔しい想いが強く、半年ほど気持ちの整理がつかず、仕事に打ち込めない時期がありました。

それを乗り切ることが出来たのは周りの人の支えがあったからです。「辞めないでよ!」という暖かい声をたくさんかけていただきました。それが無かったら辞めていたでしょうね。






仕事量としては内装業3割、店舗装飾家具製造設置7割くらいの割合です。
店舗の内装業というのは、監理者がいて図面を見ながら現場に合わせて店舗を作っていくところが魅力ですね。一般住宅は規格が決まっているため、その寸法に合わせて組み合わせいけば家が建つわけです。畳にしても襖にしても大きさが決まっていて、必要なのは監理者ではなく職人さんなのです。

その点、店舗作りというのはその空間を利用する第三者(カフェであればコーヒーを飲みにくるお客様)にどういう気持ちになってほしいか、どう想ってほしいかに因って仕事の内容が変わってきます。一般住宅を建てるのとはまた違った難しさが出てくるわけです。その空間を使う第三者が楽しめる場所作りの必要な監理者が重要になってきます。

店舗装飾用の家具も作っていますが、一生使えるような良いものを作っています。例えば、机一つ製作しているときに傷がついたとします。「こんなもんで良いや!」と思っているとその程度の商品しかできません。自分は嘘をつく事が出来ない性格で、「この程度で良いや」と言うことは自分の仕事に嘘をつく事になります。その気持ちは家具を買ってくださるお客様にも伝わってしまいます。

量販店のようにただ売っているわけではないのです。作るのと売ることはまったく別物です。量販店で買えるような安価な商品はもちろん大量生産をしているからですが、そういう商品を買いにくるお客様は小さな傷など不良品があるとクレームに発展しやすい傾向にあります。高価でも一生使える家具を提供することで、使う人も大切に使ってくれます。家具として良い物を作ることを常に心がけています。自分の仕事に嘘をつかない事は会社を長く続ける秘訣でもあると思います。






人関係で苦労した事はありません。けんかすることが好きではないので、自分と性格的に合わない人は相手から離れていきます。今いる社員も募集ではなく、紹介や自分と気が合って寄ってきた人ばかりです。

仕事も紹介してもらえることも多く、過去にはダイヤモンド・プリンセス号の内装家具を手伝わせてもらったこともあります。もちろん嫌な仕事はあります。早く、安く作ってほしいという無理を言うお客さんもいますが、そういうときは助けてくれる仲間が集まってきますね。






売上や仲間を増やして会社を大きくすることは考えていません。目標らしい目標はありませんね。今までもずるずると会社を続けてきたので・・・(笑) 社員を増やして会社を大きくしていく途中で潰れていった会社をたくさん見てきました。営業マンが必要なわけでもないので、特に社員を増やす必要はないかなと思っています。

以前は作って売って儲かった分だけ自分の物だと思っていました。中小企業家同友会に入って経営や会社についての勉強をしてからは、それまでの考え方を変えて社員はパートナーで、自分は社長として船の船長の仕事をしなければいけないと思うようになりました。 今では10数名の社員を抱えていますが、この人数でこれから先をどういった仕事をしていくのか、仕事の方法論を考えることが大切だと思います。 売上も一定のラインを超えると安定してきます。また、技術を持った熟練の職人がいる時にこれから先の時代を活躍していく若い人達へ技術を伝えていく事も大切だと考えています。

これからも家具を作ってお客様に喜んでもらいたいですね。私は根っから物をつくるのが好きですが、今は立場上、社長をしていますがそうでなければ工場で家具を作っているでしょうね。これからも物づくりに携わっていたいです。今では工場に立つことはありませんが、技術や知識があるため、お客さんから補修などの依頼があれば私が対応することもあります。

仕事自体に関しては70歳までを一つの区切りだと思っていますが、その後は要らなくなった家具のリメイクの仕事をしてみたいと思っています。時間が必要な仕事なので、社長を終えた後にしてみたいですね。
自分は好きな事を仕事にできたので、本当に良かったと思っています。生涯現役ですね。





ありがとうございました。
平成27年8月19日取材

有限会社建装舎のHPへ

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